寿美花代の今は亡き長男の息子の真実!家政婦とは?現在と若い頃について

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寿美花代(すみはなよ)さんは、元宝塚星組男役のトップスターだった女優。

現在、何歳か気になります?今の年齢は84歳です。夫は高島忠夫さん。

子供は高嶋政宏さんと高嶋政伸さんという2人の俳優をやっている息子さんだけではないんです。

政宏さんと政伸さんはそれぞれ二男と三男で、実は長男がいたんですが、亡くなっています。

今回は、長男の息子さんの事件と家政婦との関係と動機・理由、寿美花代さんの今現在と若い頃について解説していきます。

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寿美花代の今は亡き長男の息子とは?

赤ちゃん

寿美花代さんと高島忠夫さんが結婚したのは1963年。昭和38年のことです。

東宝の銀幕スターだった高島忠夫さんとタカラジェンヌであった寿美花代さんというビッグカップルでした。

翌年1964年(昭和39年)に長男が生まれます。名前は道夫さん。

生後5カ月で亡くなりました。

原因・理由は供述しますが、このことに大きく関わっていたのが、家政婦というか女性のお手伝いさんです。

家政婦について

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当時、高島家には2人の家政婦(お手伝い)と看護婦1人の3人が住み込みで働いていました。3人とも女性です。

家政婦の1人は高島家の親戚関係の69歳の女性、もう一人は寿美花代さんの知人関係のツテから雇われた17歳の女性。

看護婦は、亡くなった道夫さんの世話係として雇われた29歳の女性。

本記事では、17歳の家政婦を「A」として話を進めていきます。

事件の概要

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1964年(昭和39年)8月24日に事件は起きました。

深夜の2時半に、Aが道夫ちゃんがいない、男の人影を窓から見た、強盗だ。

というような事をいい、騒ぎはじめます。

道夫さんは1階で看護婦とともに添い寝しているはずでしたが、その姿が見当たりません。

鍵をかけていたドアも開いているという状況です。

高島忠夫さんと寿美花代さんは2階で寝ていましたが、1階に降りてきました。

夫の忠夫さんは鉄の棒を持って外に飛び出して行ったそうです。

家にいた全員で探しましたが、道夫さんも強盗というか犯人も何も見つかりませんでした。

その時に、寿美さんが念のためにと風呂場の浴槽のフタを外して中を見ることにしたんです。

そしたら、中には変わり果てた道夫さんがいました。

あまりにもショックで、寿美さんはその場にへたり込みました。

なので、忠夫さんが息子の道夫さんを抱きかかえて寝間着姿のまま病院に連れて行きました。

しかし、残念なことに高島家の長男として生まれた息子の道夫さんは、まだ生後5カ月というあまりにも短い生涯で亡くなられました。

この事件に最初に気がついたのは家政婦のAです。

警察は家にいた全員を事情聴取しますが、すぐにAが疑われ始めました。

理由は、Aの証言の数々にあまりにも不審というか不自然な点が多かったからです。

これらの点について、警察はAに問いただします。

結局、この事件当日の正午過ぎにはAは自供して、自分がやったことを認めました。

Aの生い立ち

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Aは1947年(昭和22年)に新潟県の佐渡島で生まれました。

両親と姉3人家族の末っ子です。

中学時代の成績は普通で、特に目立った存在などではありませんでした。

中学校を卒業してから、就職して東京都内の墨田区にある会社で働いていました。集団就職でした。

この会社に高島夫妻の知人がいて、その縁で高島家で家政婦として働くことになったんです。

動機と理由

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ここで気になるのが動機や理由です。

Aは高島夫妻に不満や恨みがあったわけではありません。

もともと高島夫妻のファンでした。

高島忠夫さんも寿美花代さんも二人ともAをかわいがっていました。

逆にAも高島夫妻のために一生懸命に働いていました。

しかし、長男の道夫さんが生まれると、息子の方に愛情が注がれてしまい、自分は疎遠に扱われるようになったと感じるようになっていきます。

その当時、仕事で夫妻がアメリカに行くことに決まりました。

もう一人の家政婦と看護婦にはおみやげを買ってくると約束していたのに、自分は何も言われなかったということで思い悩みました。

Aの供述によると、事件の犯行動機・理由は、道夫さんの世話をしていた看護婦に対する嫉妬と反感でした。

信じられない動機です。

Aは当時17歳という世間知らずと言える年齢でした。

だから、感情的には幼かったとも言えます。

動機からすると、完全な逆恨みとも言えるのではないでしょうか。

もともと高島家の家政婦は1人だけでした。それがAです。

Aは最初は高島家の家政婦でしたが、後に高島忠夫さんの付き人になります。

こうなると、家事などに支障がでてきます。

そのため、69歳の女性が家政婦として雇われました。

また、道夫さんが生まれたことにより、専属として看護婦が雇われたんです。

道夫さんの通夜のあとに記者会見が開かれましたが、あまりにも心労が重なったために欠席し、高島忠夫さんだけが記者会見をおこないました。

その後、家政婦のAは当時未成年者でありましたが、成人と同様の罪で起訴され、1965年に東京地方裁判所で懲役3年~5年の不定期刑を言い渡されました。

現在、Aがどうしているのかは不明です。

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現在は?

結婚

寿美花代さんが高島忠夫さんと結婚してすでに53年にもなります。

夫の高島忠夫さんは、寿美さんの初恋の相手です。

今現在も2人は「おしどり夫婦」として有名です。

高嶋政宏さんと高嶋政伸さんという2人の息子さんたちも俳優として立派に活躍しています。

それぞれの家庭も円満らしいです。

テレビの番組欄を見たら、徹子の部屋に今度出演されるという情報がありました。寿美さんが1人で出演します。

昔のように高島忠夫さんとの夫婦揃っての出演をみたいですね。

所属事務所の東宝芸能のホームページを見たらわかりますが。相変わらず現在も元気に活躍中です。

ここで、寿美さんのプロフィールを紹介します。

プロフィール

プロフィール

芸名:寿美花代(すみはなよ)

本名:高嶋節子(たかしませつこ) 旧姓は松平

生年月日:1932年2月6日 現在の年齢は84歳

出身地:兵庫県西宮市

血液型:AB型

出身中学・高校:芦屋高等女学校(現在の芦屋学園中学校・高等学校)

所属事務所:東宝芸能(家族全員)

若い頃を解説!

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若い頃を時系列的に解説します。

芦屋高等女学校を卒業後の1948年に宝塚歌劇団に入団します。35期生です。

初舞台は「春のをどり」

1952年には、「猿飛佐助」で初の主演。この時の人気はすさまじく、ブロマイド売り上げ1位になっています。

1953年には宝塚新人演技賞を受賞したり、1958年には芸術祭奨励賞(大衆芸能の部)を受賞。

また、1960年には芸術祭賞とテアトロン賞も受賞しています。

1961年には、NHKの紅白歌合戦に初出場。

1963年に高島忠夫さんとの結婚のために宝塚を退団。

昔の若い頃から高島夫妻はおしどり夫婦として有名で、夫婦そろってのテレビ出演が多かったです。

しかし、高島忠夫さんがうつ病を患ってからは、それがなくなりました。

平成になってからは、バラエティ番組などにも出演されていますが、寿美さんの単独出演になっています。

若い頃みたいに夫婦での出演をまた見てみたいものです。

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