山崎晃嗣(光クラブ)の生い立ちと遺書について!愛人と父親も解説!

生い立ち ひと
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生い立ち

こんにちは。

台風16号が過ぎ去ってしまって安心した熊本市在住の管理人です。

現在、センター試験の願書の出願期間の真っ只中ですね。

受験生のみなさんは勉強を頑張っておられることと思います。

日本で1番の大学といえば、やっぱり東京大学をイメージする方がほとんどだと思います。京都大学などもすごいんですけどね。

東大

今回は東京大学出身のエリートである山崎晃嗣(やまざきあきつぐ)さんにフォーカスします。

東大史上最高の天才なんて言われることもある方です。

光クラブの件で有名です。

そんなわけで、山崎晃嗣さんの生い立ちや遺書、そして愛人と衝撃的事実や父親についても解説します。

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山崎晃嗣の生い立ち

生い立ち

山崎晃嗣さんは、医師であり木更津市市長だった山崎直さんの五男の息子さんです。

生年月日は1922年10月というところまでしかわかっておらず、具体的な誕生日は不明です。

千葉県木更津市の生まれです。

生まれた家は現在、山崎公園となっていて、木更津市が管理しています。

出身高校などの学歴は以下のようになります。

旧制木更津中(現在の千葉県立木更津高等学校)⇒旧制一高(第一高等学校)⇒東京帝国大学法学部に入学。

一高から東大ですから戦前のエリートですね。

東大入学が1942年ですから、当時の日本の状況からわかりますが、学徒出陣を経験されました。

そして終戦を迎え、東大に復学します。

東大復学後の言動が天才的!?

東大

原因や理由は不明ですが、復学後は自分が履修している全科目で「優」の成績を取るためにトンデモナイほどの猛勉強をされています。

しかも、勉強や睡眠などあらゆることを分刻みで細かく記録していたんだそうです。

全科目「優」の目標は達成されませんでしたが、記録癖は亡くなるまで続きました。

山崎晃嗣さんは、東大の歴史上最も天才と言われる方ですが、天才たちについて書かれた本などでも同じような人がいますね。

ニュートンも生活上のいろんなことを細かく記録していたというのを読んだことがあります。

お金のこととか・・・。

以上が、山崎晃嗣さんの生い立ちや学歴などのプロフィールです。

光クラブについて

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「光クラブ事件」の首謀者として有名ですが、小説、ドラマなどの作品や本も複数出版されていますし、wikiでも詳しく解説されているので本記事では省略します。

そちらの方に興味のある方はそういったサイトを訪問してみてくださいね。

上の画像は、保阪正康さんが書かれた「眞説 光クラブ事件 戦後金融犯罪の真実と闇」の本ですが、かなり面白かったです。

その他に、宝島社から出版されている『日本「アウトロー」列伝 』の中でも山崎晃嗣さんは『ヤミ金融会社「光クラブ」社長』として取り上げられています。

【中古】楽天:日本「アウトロ-」列伝 昭和・平成

こちらの方がわかりやすいかもしれません。

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遺書について

遺書

山崎晃嗣さんは、光クラブの件で逮捕されてしまうんですが、それが原因で会社へ出資してくれていた人たちの信用を失います。

なんとか会社を立て直そうとしましたが、結局失敗に終ってしまいます。

その後、会社の一室で亡くなることとなります。

実は遺書が残されていました。

その内容がすごく気になると思います。

ここでは、その概要だけ説明します。

まず一つ目は自分の体の処分についてです。こうしてくれとかいろいろ書いてあります。

二つ目は出資者の方々に対するものです。

それと、亡くなる直前の時間と短歌みたいなものがその遺書の中に書いてあります。

wikiの中に全文記載されているので、知りたいかたはそちらをチェックしてみてくださいね。

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愛人に関する衝撃的事実

愛人

女性関係はかなりひどかったようで6人もの愛人がいました。

恋愛の感情など全くないまま関わっていたそうです。

女性に対して愛情とか誠意といったものは全然持ち合わせていなかったようです。

愛人の1人である35歳の智子さんとのことについては、山崎晃嗣さんはかなり詳しくいろんなことを記録しています。

内容はあまりにも衝撃的内容の事実です。

山崎晃嗣さん自身にも著書があります。

【楽天】

「私は偽悪者」という本です。

こういった本を読むと山崎晃嗣さんという人間のことがだいぶ明確にわかってくるのではないかと思います。

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父親と母親

医者

父親についてはすでに少し説明しました。

兄弟が3人いて、全員が医師や医学博士なんです。

特に、一番下の弟さんは医師であり、また弁護士界の長老的存在だったというから、山崎晃嗣さんは家系的にすごいところに生まれたというのがわかります。

身近な人達もみんな頭が良かったんです。

山崎晃嗣さん自身は真理探求のみを目指していたそうで、数量刑法学という学問の構築に全精力を傾けていたそうなんです。

父親は子供たちに一高から東大医学部に進学して医学部の教授にさせようと考えていたようですが、兄たちは一高に入れずに勉強がすごくよく出来た山崎晃嗣さんに期待がかかったそうです。

その結果、遊んだりすることもなく、非常に大事に扱われました。

このように、秀才一家に生まれたんです。

母親は音楽家ということはわかっていますが、それ以上の情報は不明です。

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