杏真理子とタネヨシ・ミギタのハーフ関係!その後と裁判の判決が気になる!

ひと
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杏真理子(きょうまりこ)さんのことが、「爆報!THE フライデー」で取り上げられるようですね。

サンフランシスコでのハーフ美人歌手のトランク詰め事件とかいう話だそうです。こわいですね~。

小柳ルミ子さんのライバルともなれる実力であると言う評論家もいました。

今回は、タネヨシ・ミギタさんって元カレが重要な人物です。

しかも、お互いハーフ。

これにはどんな意味が!?

この後に詳しく解説しますが、その前に!

早く核心の衝撃の事実を知りたい方は、以下はスルーしちゃって本題の方へ飛んでくださいね。

もう少し下に行くと本記事の目次になります。

しばらく付き合ってくれるという方は、ごゆっくりどうぞ。

今現在の管理人には杏真理子さんの話よりもこわいことがあるんです。

熊本県に住んでいるからです。

もうわかった人もいそうですね。

そうです。地震です!

熊本地震の益城町小谷地区の被害

上の画像は、管理人が住んでいるところではなく、熊本地震の益城町小谷地区の被害の状況です。

熊本地震では管理人の家も瓦が飛んだり、家の中が崩れまくったりとか被害を受けました。

今だに地震が起きたりしています。

しかも、この数日は記録的な豪雨も重なったりしてがけ崩れなんかも起きているくらいです。

今の管理人には、杏真理子さんの事件よりも地震と大雨の方がはるかに恐怖なんです。

といっても、あまりにも地震が頻発したので、震度4くらいの揺れには慣れてしまいましたが・・・。(笑)

これって本当はよくないんですけどね。

ひとまずは無事に今を過ごせてることに感謝しているところです。

でも、常に警戒はしてます。

なんで、次々に熊本県でこんなに災害が発生するんでしょうね。

こんなこともなんですが、熊本地震でエコノミークラス症候群って話題になりましたよね。

健康って大事だとあらためて実感した次第です。

それで、最近は健康の方も気をつけなくちゃいけないと思って、とりあえずはこんなものを作ってみました。

梅のジュース

上の画像は梅のジュースです。梅と氷砂糖を入れたばかりの状態です。

山桃のジュース

上の画像は山桃と氷砂糖を一緒に瓶に入れたものです。これもジュースになります。

その他に、シソの葉のジュースも作りました。

炭酸で割って飲んでますが、これが予想外のうまさ!

かなりの健康効果があるってことなんで、猛暑が予想されている今年の夏はこれで乗り切りますよ!

管理人のおすすめです!

梅の方は瓶に漬けたばかりんなんで、しばらく時間がかかりそうなんですが、こっちもかなり期待してます!

前置きが長くなっちゃいました。

今回は杏真理子さんとタネヨシ・ミギタさんという2人のハーフの関係、事件の概要、そして、その後と裁判についてリサーチしてみました。

さらに、杏真理子さんの父親と母親、本名や出身高校等のプロフィール、経歴についても紹介します。

ハーフと後述する青森県三沢市には興味深いある事実が!

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杏真理子について

本名

杏真理子さんは美人のハーフ歌手でした。

今でこそハーフだからって何かを言われることはないんですが、

過去形になってしまうのは、すでにこの世にはいらっしゃらないからです。

満25歳という若さでお亡くなりになっています。

場所はアメリカのカリフォルニア州サンフランシスコ

原因は病気ではありません。

それが、トランク詰め事件なんです。

ここで、杏真理子さんのプロフィールを紹介しておきます。

プロフィール

プロフィール

芸名:杏真理子(きょうまりこ)

本名:佐藤真理子

生年月日:1974年4月8日 満25歳という年齡でなくなられました

出身地:青森県三沢市

身長:160cm(デビュー当時)

体重:60kg(デビュー当時)

出身高校:青森県三沢市立理美容高等学校(中退)

父親はアメリカ人で、母親は日本人です。

つまり、杏真理子さんはハーフです。

高校時代は学校で一番の美女として注目されていたようです。

といっても、幼い頃はハーフってことでいじめられたりもしたそうです。

札幌のナイトクラブで働いていたところをスカウトされてデビューしました。

シングル「さだめのように川は流れる」がデビュー曲。1971年のことでした。

評価は高かったですが、運が悪いことに同時期に小柳ルミ子さんがデビューして、「わたしの城下町」が大ヒットしちゃいましたからね。

160万枚ですよ!

さらに、オリコン年間シングル売上チャートで堂々の第1位なって、日本レコード大賞では最優秀新人賞も受賞しました。

杏真理子さんの歌手としての実力に問題があったわけではなく、やはり時代の運の流れに乗れなかったという不運としか言えませんね。

こんなわけで、1973年に歌手活動をやめて、音楽の勉強をしにアメリカに行ってしまいました。

アメリカでは、ウエイトレスの仕事をやりつつ音楽活動や勉強をされていたんです。

ところが、この後に杏真理子さんに衝撃的な悲劇が襲いかかります・・・。

事件の概要

アパート

1974年4月8日に行方不明になってしまいます。

そして、発見されたのは翌日でした。場所はサンフランシスコ市内にあった自宅のアパートでした。

しかも、トランク詰めにされたまま・・・。

これが事件の概要です。

そこで、登場するのがこの事件での最重要人物であるタネヨシ・ミギタさんという男性です。

タネヨシ・ミギタさんについてはこの後に詳しく説明しますが、日本で育って来たことから英語が苦手な白人でした。

サンフランシスコかロサンジェルスの日本街によく出入りしていたそうです。

そこで日本人を相手に生活していたという記事がアメリカの日本語新聞にでていました。

ちなみにその新聞というのが「羅府新報」です。

もうおわかりと思いますが、このタネヨシ・ミギタさんがトランク詰め事件の犯人です。

しかも、この方は杏真理子さんと同じハーフなんです。

また、出身との青森県三沢市にはハーフと大きな関係があるんです!

タネヨシ・ミギタとのハーフ関係

アメリカ空軍

タネヨシ・ミギタさんの父親は日本人で大学教授のような肩書の男性であるとの情報があります。

また、母親はアメリカ生まれの白人女性。

ハーフってことです。

父母が結婚した後で来日してタネヨシ・ミギタさんが生まれ育ちました。

タネヨシ・ミギタさんの英語名は「ジョゼフ・・・」らしいですけど、はっきりしたことは現在不明です。

杏真理子さんの出身地である青森県三沢市には三沢飛行場(三沢空港)があります。

ここは、日本の航空自衛隊とアメリカ空軍が使用しているので、「三沢基地」とも呼ばれています。

だから、ハーフが多かったんです。

杏真理子さんもそのような生い立ちであったようです。

また、タネヨシ・ミギタさんもハーフ。

ハーフ同士の間で事件が起こったんです。

高校時代に2人は付き合っていました。

つまり、タネヨシ・ミギタさんは杏真理子さんの元カレだったんです。

しかし、杏真理子さんが芸能界入りする前には2人は別れていました。

別れたことでタネヨシ・ミギタさんは慰謝料を要求するほどの良くない男性だったようです。

その他にも、かなりいろんな問題を起こしてきた過去があります。

何度もの逮捕歴があり、当局のブラックリストに載っていたほどの人物だということです。

そういう男だったらしいです。

ところが、別れを切り出したのが杏真理子さんだったものだから、良心の呵責みたいなものがあったのか、慰謝料の要求に応じてお金を渡してしまいました。

このことが間違いだったようで、それ以降もお金を要求するようになったそうです。

さらに、芸能界に入ったことを知ったこともお金の要求に拍車がかかったようです。

それで、2人の間にはトラブルばかり起こっていたそうなんです。

プロフィールにも書きましたが、その後に杏真理子さんはアメリカに行きます。

タネヨシ・ミギタさんには何も言わずに黙ってアメリカに行ったものだから、大激怒してしまいます。

そして、英語をろくに話せないのにタネヨシ・ミギタさんも渡米してしまいます。

お金が簡単に手に入るという甘い汁の味を覚えたことで、またお金を要求するようになります。

ところが、今まで要求に応じていた杏真理子さんは、アメリカでそれを拒否したんです。

逆に杏真理子さんの方がお金の返済を迫ったようです。

いわゆる借金のトラブルです。

それで激昂したタネヨシ・ミギタさんは事件を起こしたわけです。

もうちょっと具体的にはトランクに詰めて現金を奪って逃走したんです。

なぜ、この事件が発覚したかというと、それまで仕事を無断欠勤したことがない杏真理子さんを不思議に思って、仕事関係の人が部屋に様子を見に行ったからです。

25歳というあまりにも早いこの世との別れでした。

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その後と裁判の判決は?

裁判

気になるのは、その後どうなったかです。

タネヨシ・ミギタさんが事件を起こしたことが日本のニュースでは話題にならなかったことから、おそらく今現在はアメリカの刑務所にいると思われます。

原則的には、身柄を拘束している国の法律で裁かれることになっているからです。

これまでに、タネヨシ・ミギタさんの身柄引き渡しを日本が要求したという報道などの情報はありません。

だから、アメリカで逮捕され裁判がおこなわれ、アメリカの刑務所に収監されているのだと思います。

アメリカの司法制度は州ごとに違ったりします。

タネヨシ・ミギタさんの身勝手な言動によって引き起こされたこのような事件は、日本での裁判よりも遥かに重い判決だったはずです。

実際の裁判の判決がどうだったかの情報はありませんが、終身刑かそれ以上の重い判決が言い渡された可能性が高いのではないかと思います。

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