今回フォーカスするのは、昔の若い頃に和製アラン・ドロンと言われた谷隼人(たにはやと)さん。
亭主関白であるとか妻の病気で話題になったりされました。
これまでに、結婚、離婚、再婚を経験されています。
そんな過去もあります。
そんなわけで今回は、谷隼人さんの前妻と今現在の嫁、子供、そしてハーフ説も検証しました。
その他にプロフィールも紹介します。
谷隼人の前妻と今現在の嫁
谷隼人さんの今現在の嫁は女優やタレントとしてこれまでご活躍されてきた松岡きっこさん。
現在の年齢は70歳。
谷隼人さんと結婚されたのは1981年。
芸能界のおしどり夫婦として有名ですね。
2人でドラマやバラエティ、旅やグルメ系の番組で共演されてきました。
前妻はファッションモデルをされていた岡美智子さん。
出会ったきっかけは岡美智子さんのマネージャーが谷隼人さんに紹介したということです。
1971年にスイスの教会で結婚式を挙げられました。
しかし、1974年に離婚されています。
原因は谷隼人さんの母親が岡美智子さんのことを妻として好んでいなかったからだと言われています。
離婚後、グラビアなどに出ておられたようですが、現在どうされているかは不明です。
すでに亡くなられているという情報もありました。
原因は不明ですが。
その後、現在の嫁である松岡きっこさんと再婚されたんです。
パンツを履かせてもらっているとか亭主関白らしいんですけどね。
谷隼人さんはそのイメージに困惑気味だそうで、自分でパンツくらい履けるよといっておられました。(笑)
子供について
前妻の岡美智子さんとの間にも今の嫁の松岡きっこさんとの間にも子供はいません。
谷隼人さんと松岡きっこさんが夫婦で徹子の部屋に出演された時に、2人とも子供は欲しいと思っていたのですかみたいな質問をされました。
それに対して谷隼人さんは、最初は男の子で戊年の子供が欲しいとかなんとか言っていました。
戊年というのは単に自分がそうだからだそうです。
また、武道をやらせて礼儀正しい子供にしたかったとも述べられていました。
ちなみに、これは2002年に徹子の部屋に夫婦で出演された時の話です。
子供に関することでは細木数子さんの名前が出てきます。
谷隼人夫妻には子供がいないんで、外で子供を作ってその子を養子にするように細木数子さんが松岡きっこさん言ったことがあります。
この発言に関してネット上では細木数子さんに対してのたくさんの意見が出て話題となりました。
こんなこともあったんです。
ハーフ説を検証!
谷隼人さんは見た目からハーフなんじゃないかと誰もが思ってしまいます。
和製アラン・ドロンと言われたり、デザイナーのテッド・ラピドスさんの日本でのイメージ・キャラクターに選ばれたりとか。
結論からいうとハーフではありません。
九州男児なんです。
出身は鹿児島県で、父親は防衛庁に勤務していた軍人です。
母親も日本人で実家は長崎にありました。
谷隼人さんの本名は岩谷肇(いわたにはじめ)さんといいます。
ハーフではないんですが、特に昔の若い頃の画像を見るとどうしてもそう見えてしまいます。
谷隼人さんは鹿児島出身ですが、九州出身の芸能人を考えたらハーフっぽい顔の方が多いと思います。
熊本出身のスザンヌさんや八代亜紀さんとか昔の郷ひろみさんとか・・・。
たくさんいますよね。
上の画像はテレビドラマ「キイハンター」時代の谷隼人さんです。
左から2番目です。
ちなみに、一番左から丹波哲郎さん、谷隼人さん、野際陽子さん、大川栄子さん、千葉真一さんです。
ハーフであろうとなかろうとどうでもいいような気がしますが、気になる人は多いようですね。
NAVERまとめに純粋な日本人だけどハーフ顔の有名人や芸能人をまとめたものなんかもあるくらいですから。
ガールズちゃんねるにもありました。
調べてみるとハーフ顔ってかなり多いです。
谷隼人さんもそんな1人なんです。
姉が3人、妹さんが1人おられますが、やっぱりハーフ顔なんだろうかとちょっと気になっているところです。
プロフィール
最後にプロフィールを紹介して終わりにします。
芸名:谷隼人(たにはやと)
本名:岩谷肇(いわたに はじめ)
生年月日:1946年9月9日 今現在の年齢は70歳
出身地:鹿児島県
身長:179cm
血液型:A型
出身中学校:中野区立第八中学校⇒中野区立北中野中学校
出身高校:聖パウロ学園高等学校(中退)
所属事務所:グッドフェローズ
1961年、当時中3の時にテレビドラマ「少年ケニヤ」でデビュー。
この時は本名の岩谷肇という名前で出演されていました。
その後は、「網走番外地」などの代表作となった数々の映画などに出演されました。
映画だけでなく「キイハンター」や「熱中時代」などのテレビドラマでも活躍されてきました。
ホームドラマへの関心などの理由で、俳優からタレントへシフトされていきます。
それからは、ドラマなどだけでなくバラエティ番組への出演も多くなりました。
「痛快なりゆき番組 風雲! たけし城」にレギュラー出演され一気にお茶の間の人気者になったりなどありました。
そうして今現在に至ります。
亭主関白のこととか妻である松岡きっこさんの下肢静脈瘤の手術の時に支えてきたことなどについては省略させてもらいますね。
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