*マスコミの報道ではサイフラ・オザキ氏は容疑者となっています。
本記事では以下の理由により、サイフラ・オザキ氏を「さん」づけにしています。
被疑者(ひぎしゃ)とは、捜査機関によって犯罪を犯したとの嫌疑を受けて捜査の対象となっているが、まだ公訴を提起されていない者を指す日本法上の法令用語である。
一般に用いられる容疑者(ようぎしゃ)は、一般に犯罪の嫌疑を受ける者を指す語であり、マスコミ等においては「被疑者」に替えて「容疑者」と呼ぶことが多い。
被疑者は捜査機関から犯罪を犯したとの嫌疑を受けているものの、被疑者には法的には無罪であるという推定が働いている。これを無罪推定の原則もしくは推定無罪という。
しかし、現実の社会においては、被疑者とされた者は有罪であるとの誤った観念がまかりとおっており、これに基づく問題が後を絶たない。
特に、誤認逮捕がなされた場合には、被疑者とされた者は一貫して法的に無罪であったにも関わらず、マスコミによる名誉毀損報道や社会の誤った認識のために職を失う例、転居を余儀なくされる例、また、一家が離散するなどの例が多発している。
引用元:.Wikipedia
現時点では確実なことがわかっていないですからね。
実際には報道されている通りかもしれません。
それは今後明らかになるであろうことです。
今現在はわかりません。
では、早速本題へ。
こんにちは。
今日は休日の熊本市在住の管理人です。
今回注目したのはモハンマド(モハマド)・サイフラ・オザキ(MOHAMMAD SAIFULLAH OZAKI))さん。
これはイスラム名です。
モハマド・サイフラ・オジャキと書かれていることもあります。
もともとの名前はサジト・チャンドラ・デブナット(SAJIT C. DEBNATH)さん。
今現在の年齡は34歳。
後ほど詳しく説明しますが、日本の立命館大学の元准教授です。
wikiはありません、念のため。
昨年2016年にバングラデシュの首都ダッカで起こった件が1年を経過して新たなことがわかってきました。
その衝撃的なバックグラウンドが1年経って判明してきたというわけです。
この件には日本人が7人も関係していますから注目されるのは当然です。
サイフラ・オザキさんはバングラデシュの首都ダッカでの件が起こる半年前に突然姿を消してしまいました。
そして、起こった後にこの件でバングラデシュ警察が最も重要な人物としてマークしたのがサジト・チャンドラ・デブナットさんことサイフラ・オザキさんだったのです。
本記事では特に今現在どこで何をどうされているのかをメインにリサーチしてみました。
こつ然と姿を消したってことで、やはり気になるのは現在の居場所などではないかと思います。
世界のどこにいるのか?
何をやっているかということもです。
また、結婚も注目されています。
サイフラ・オザキさんご自身はバングラデシュ出身なんですが、奥さんは日本人なんです。
結婚相手の日本人女性はどこの誰でどんな人なのかも非常に興味あるところだと思います。
ちなみに、サイフラ・オザキさんは結婚後に日本の国籍を取得されています。
そんなわけで、妻と子供にもフォーカスしました。
その他に、学歴や経歴、そしてプロフィールも紹介します。
さらに、父親と母親と兄弟などの家族の情報もわかっている範囲で解説していきます。
どんな人物なのか?
いろんな謎もありますが、今現在わかっていることを最大限にまとめて報告していきます。
サイフラ・オザキ(立命館大元准教授)の今現在
立命館大元准教授のサイフラ・オザキさんがバングラデシュの首都ダッカでの件の半年ほど前に突然姿を消してしまったことはすでに説明しました。
気になるのはその後の足取りや今現在の居場所です。
バングラデシュの地元警察がシリア渡航ルートを捜査中なんです。
今わかっていることは、2015年の末にブルガリアへ出国したことはわかっています。
しかし、その後の足取りや居場所などは全く不明です。
行方が非常に気になりますね。
結論を言うと、上に書いたように欧州に出国してから行方不明なんです。
日本人の妻と子供も一緒にです。
トルコに入国しようとしたけど拒否されたとの情報もあります。
生きているのかどうかもわからないというのが現状なんです。
後ほど解説する父親の話によると、サイフラ・オザキさんの日本での携帯電話に電話したそうなんですが、例の件について問い詰めたそうなんです。
そしたら、怒ってしまい、その後は電話がつながることはなかったと語っています。
以上のように行方不明になった後にトルコに渡った可能性もあります。
また、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)に加わった可能性も指摘されています。
所属していた立命館大学によると、昨年2016年1月から大学に姿を現すことがなくなり音信不通になったとのことです。
その後も連絡は全くない状況とのこと。
家族とともに行方不明。
奥さんの両親や親族の方はすごく心配されているでしょうね。
今後なんらかの情報が出てくる可能性はあるとは思いますが、なかなか難しいでしょうね。
ホント、今現在どこでどうされているんでしょうね?
妻と子供について
バングラデシュの方でありながら結婚相手は日本人女性。
というわけで、すごく気になるのは妻です。
子供さんもいらっしゃいます。
4人いるらしいです。
妻の名前や年齡、出身地などは現在のところ全く情報はありません。
出会ったきっかけや結婚に至った経緯など興味がありますが、すべて謎というのが現状です。
夫であるサイフラ・オザキさんと一緒にどこにいるんでしょうね?
経歴が気になる!
バングラデシュから留学のために日本に移った後にイスラム教に改宗して改名をしています。
改宗の根拠の1つは帰国した際に両親が実際に見たことからわかります。
サイフラ・オザキさんは2008年に帰国されたんですが、その際にひげを生やした顔をマスクで隠していたそうなんです。
そして、お祈りの行動が今までとは違っていたそうなんです。
それらの事実から、ヒンズー教からイスラム教に改宗したのがわかったそうです。
立命館大などからの情報によると、サイフラ・オザキ元准教授は2015年4月から立命館大学の国際関係学部国際関係学科の英語コースで経営学を教えていました。
立命館大学では、英語経営学入門I、プロフェッショナル・ワークショップ 、英語経営学入門IIの授業担当経験をお持ちです。
立命館大学以外の他大学でも講師をやっていたとの情報もあります。
なお、立命館大学は昨年2016年3月16日付で解雇されています。
それ以前の経歴は以下のようになります。
2009年3月~2009年9月:岩田学園 非常勤講師
2009年12月~2010年3月:シャープ株式会社 情報システム事業本部 共同研究者
2010年12月~2011年2月:大分大学経済学部 非常勤講師
2011年3月~2011年3月:九州大学大学院経済学府 非常勤講師 (集中講義)
立命館大学 「実践的FDプログラム」優秀賞やみずほ国際財団奨学金などの受賞歴や論文があります。
また、本も。
講演や口頭発表等もあります。
所属学会は、日本貿易学会と立命館経営学会でした。
父親と母親と兄弟
家族も興味あるところですね。
すでに説明した改宗や改名の話は実は父親からの話です。
バングラデシュ東部コロイバリ村に実家があり、そこにご両親は住んでいます。
父親の名前はジョナサンさんといい、昨年2016年の報道では60歳。
母親はオニマ・ラニ・デビさんといい、同じく2016年の報道では55歳でした。
兄弟に関しては不明です。
兄や姉、弟や妹がいるのかどうかの情報は今のところはありません。
もしかして、1人息子である可能性も考えられますね。
学歴は?
学歴も興味あるところですね。
立命館大の元准教授でしたから。
奨学金を得て日本に留学されていることから優秀な方であるんでしょう。
以下に学歴をわかりやすくまとめておきます。
2002年:立命館アジア太平洋大(APU)に入学
APUは大分県別府市にあります。
2006年3月:立命館アジア太平洋大学 アジア太平洋マネジメント学部 アジア太平洋マネジメント専攻
2008年3月:立命館アジア太平洋大学大学院 アジア太平洋研究科 国際協力政策専攻(国際行政)
2010年3月:九州大学イノベーション人材育成センター 博士後期課程在籍学生下期コース経営学専攻 博士後期課程在籍学生下期コース 修了
2011年3月:立命館アジア太平洋大学大学院 アジア太平洋研究科 博士後期課程 修了
修士も博士も共に立命館アジア太平洋大学大学院です。
プロフィールと生い立ち
最後になりましたが、プロフィールと生い立ちなどを紹介します。
名前:サジト・チャンドラ・デブナット
イスラム名:モハンマド・サイフラ・オザキ
生年月日:不明ですが、今現在の年齡が34歳であることは報道からわかっています
出身地:バングラデシュ
出身大学:立命館アジア太平洋大(APU)
生い立ちに関してはバングラデシュ中部のヒンズー教徒の家庭で生まれたということがわかっています。
バングラデシュ東部のコロイバリ村に実家があってご両親は暮らしておられるので、そこで生まれて育ってこられたのかもしれません。
幼少期や子供の頃も気になるところです。
コメント
妻子の命は大事で、他人は殺しても良いという思想は、えせイスラム信者。救いようのない愚か者。それも他人を利用して事件をおこしています。。オウムが仏教の名を利用したのと同様、イスラム教の名を利用しているだけです。知り合いのイスラム教徒の方は彼らはイスラム教徒ではないと言っていました。
天使様、いつも貴重なコメントありがとうございます!
確かにそうですよね~。