こんにちは。
今回紹介するのは目黒ひとみさん。
歌手です。
知らない方もいると思います。
シングル「シングル『わたしのシュガーボーイ』で歌手デビューされた方です。
デビューされた頃の時のキャッチフレーズは、「食べたくなるような女の子」です。
この表現ってなんかすごいですよね~。(笑)
その前に・・・。
今週は台風や選挙など目まぐるしい日々でした。
結局、予想通り自民党も圧勝に終わり、株価もどんどん上がっていますね。
台風一過でようやく晴れていたのにまた今日一日雨になってしまいました。
今日は寒い日だったので、肉ねぎうどんをランチに食べてみました。
からだがポカポカして寒い日には温かいものに限りますね!
寒い日には生姜をいれると更に体が温まります。
さて、皆さんはどんなアイドルが好きですか?
AKBや乃木坂も良いけれど、私は最近になって山口百恵さん、中森明菜さんなどをYouTubeで聞いたりしています。
山口百恵さんについては、現役で活躍していたころを知らないのですが実際に聞いてみると
20歳前後のあの大人っぽさと歌唱力、そして声の低さなど今のアイドルには絶対いないと思います。
詩と曲と声がうまくマッチして素敵だなと思います。
とくにコスモスやいい日旅立ち、プレイバックパートⅡなどは、まさに昭和の名曲中の名曲中だと思います。
一方で中森明菜さんを知ったのはTATOOという曲くらいからで、ちょうどザ・ベストテンという歌番組にも出演されていました。
彼女も名曲が多く難破船やDESIRE -情熱-なんて有名ですよね。
二十前後であの曲を歌っている訳で,今のアイドルにはない大人っぽさがありました。
昭和時代に存在したそんなアイドルの一人が目黒ひとみさんです。
そんなわけで今回は、目黒ひとみさんの今現在、結婚と夫と娘をメインに解説していきます。
その他に、昔の若い頃やプロフィールも紹介します。
目黒ひとみの今現在
記事冒頭で少し説明したように、今回フォーカスしたのが目黒ひとみさんなんですが、実際にあまり知っている人はいないのではないかと思います。
過去にアイドル歌手として活躍していたんですが・・・。
詳細は後程記載するとして、目黒ひとみさんは、今現在何をやっているのでしょうか?
素人として平凡な生活をしているのか?
お店でも経営しているのか?
普通にOLをしているのか?
それとも実家の店でも付いているのか?
気になる所です。
ということでリサーチしてみました。
目黒ひとみさんは、現在は歌手活動をしているようです。
再開したのは48歳の時だったようです。
余程、歌が好きだったんでしょうね。
静岡県東部を中心に活動しているみたいですよ!
歌手を引退した後もずっと歌手になりたい。
いつか復活したいという強い要望があったみたいです。
しかしまた、こうして40歳を過ぎてから歌手活動ができるというのは幸せな事ですね。
きっと、周りや家族の理解があったからでしょうね!
また歌手活動の合間に東名高速の足柄SAのフードコートのうどんの店で週3から4回位アルバイトをしているようです。
讃岐でしょうか?
どんなうどんか気になりますね!
さて、歌手活動しているにもかかわず、今現在フードコートで働いているその理由は、娘さんの進学費用の足しにしたいということらしいです。
かなり現実的ですね!
でも今は夫と娘さんに支えられ好きな音楽の仕事と娘の為にがんばっているわけですから幸せでもありますね。
また、カラオケボックスのボイスレッスンの講師もしているようですよ。
こう考えると本当に音楽が好きなんだなと思いました。
自分の得意な分野や好きな分野で仕事に関われるって素敵な事だと思います。
結婚と夫と娘
実は、目黒ひとみさんは36歳の時に2つ年上の人と結婚していたそうで、現在は結婚して山本という名前を名乗っているそうです。
そして一人の子宝に恵まれて夫と子供さんの3人で御殿場に住んでいるようですよ!
夫や娘さんはおそらく素人の方ですから、詳細について解りませんでした。
余計な詮索は無用ってことですね。
娘は栞里さんというのですが、もう少しで二十歳になるくらいの年齢だそうですよ!
夫は公表はしていないのですが、ネットで調べた限りでは、かずおさんという名前らしいです。
素人の方なので、あまり突っ込むのはこれ以上やめておきましょう。
昔の若い頃について
目黒ひとみさんの昔の若い頃も気になりますね。
生い立ちなんかも・・・。
生まれもそだちも板橋区の大山でした。
ここが出身地です。
池袋から出ている東武東上線が走っている大山ですね!
実は、小学6年生のときに「スター誕生!」の予選を通過したものの本線は、中学校を待ってからだったようです。
その後中学校に入学して決勝大会も突破して芸能事務所にスカウトされたそうですよ!
アイドルだった時も大山は実家暮らしでバスに乗って池袋や仕事場に通っていたようですよ。
目黒ひとみさんは、1973年のスター誕生!で合格します。
ちなみにスター誕生で有名になった人は山口百恵さん、中森明菜さんなどがいますよ。
昔のスターってホントすごい方ばかり。
1975年にわたしのシュガーボーイという曲で歌手としてデビューします。
シュガーボーイって砂糖少年って事ですよね?
もし、あなたがそう思ったなら、それはとんでもないことです。(笑)
そうなると、かなり意味深なタイトルになってしまいますからね。
可愛い男の子みたいな意味ですよ。
ところで、やはり40年以上前のアイドルの曲って今のアイドルの曲と全く違いますね!
しかし、だからこそ味があっていいのではないでしょうか?
そしてその後2曲のシングルを出すわけです。
アップルパイやスイートポテトなど食べ物に関係する歌詞(シュガーもそうですが・・・)で、時代に受け入れられなかったのかあまりヒットしたという訳でもなく何故かユニットを組みます。
その名前が、1977年には結成された、3人組ユニット「ギャル」です。
最近のアイドルはほとんど大人数が多いのですが、3人組ってパヒュームくらいしか無いですよね。
しかもギャルって響きが昭和ですね!
このユニットも4曲だしますが結局売れずに、解散してしてしまいます。
そして一旦芸能界を引退したあとは短大(立正女子短期大学 英文学科)まで卒業後、銀座のホステスや派遣の仕事で食いつなぎます。
その後は実家の板橋区大山の看板屋で6年間看板娘として働いていたそうですよ。
昔の若い頃、過去にはそんなこともあったんです。
プロフィール
最後にプロフィールを紹介しておきます。
本名は、石田浩子と言います。
生年月日は、1960年9月19日で57歳です。
出身地は、東京都板橋区大山です。実際に板橋なのに目黒なんですね(笑)
血液型はO型です。身長は159cmで、体重は48kgです。
目黒ひとみさんの実家は看板屋で看板娘をアイドル引退後はしていたそうです。
看板屋の看板娘って何だか洒落みたいですね(笑)。
大山は商店街でも有名な所で、活気あふれる街なので元気な目黒ひとみさんにとってはとても合っている実家なのかも知れませんね!
さて、そんな目黒ひとみさん実家である看板店、実際店名を調べてみましたが見つかりませんでした。
やはり大山は店も多いし、看板店も多そうですね!
ただ元アイドルが実家の看板屋で看板娘をしていた訳で当時は話題になったのではないでしょうか?
今回は目黒ひとみさんについて紹介しました。
娘と夫と仲良くいつまでも元気で好きな歌を続けてほしいですね!
今は御殿場で暮らし、歌手活動を再開していますが、いつか再ブレイクしてほしいと思います。
実家の大山で路上ライブというのも面白そうですね!
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