今年2019年でデビュー50周年、そして活動休止から27年が経過しました。
後ほど詳しく説明しますが、2019年4月にはベストアルバム「微吟」が発表されました。
実は管理人がYouTubeでよく歌を聴いている大好きな歌手の一人がちあきなおみさんなんです。
また、喝采や冬隣なんか特に有名ですね。
ちあきなおみさんが今現在どうされているのか気になっている人が日本全国にかなりたくさんいると推測しています。
活動を休止し、引退同様の状態になっていますからね。
原因、理由、復帰・・・。
そんな状況も気になるところですが、まずはやっぱり今現在ですよね~。
ちあきなおみさんは、いったい現在は何をされているのか?
昔の若い頃なんかも気になりますが。
さらに、夫と子供も解説していきます。
早く完全復活したちあきなおみさんを見てみたいというのが、管理人をはじめ多くのファンの正直なところだと思います。
では、早速本題へ!
ちあきなおみとは?
ところで、日本には年齢に関係なく歌姫と呼ばれる有名な歌手が沢山います。
浜崎あゆみさんだったり、宇多田ヒカルさん、中島みゆきさん等・・・。
名曲も多いですしね。
共通しているのはその歌唱力と声の良さかと思います。
しかし、もっと昔に日本中をとどろかせた歌手がいます。
その方がちあきなおみさんです。
芸能界の活動期間は、1969年~1992年。
昭和を代表する歌手の一人であることは誰もが認めると思います。
彼女の存在をリアルタイムの映像で見ていた人もだんだん少なくなってきているという状況です。
それもそのはず、ちあきなおみさんが芸能界から活動休止して姿を消した1992年から2017年までもう四半世紀もの長い間テレビなどでちあきなおみさんの姿を見ていないですからね。
かつては、モノマネのコロッケさんも「ちあきなおみ」ネタで爆発していた時期があったようで、そのせいで「ちあきなおみ」というすごい歌手の存在を知る人もいたそうですね。
特に若い方はそうです。
昭和の大歌手であるちあきなおみさんの実力や歌唱力には卓越したものがありました。
そういった事から、美空ひばりさんともよく比較されるほどのちあきなおみさんです。
そんなちあきなおみさんの事について少し触れていきましょう。
本名は瀬川三恵子さんです。
東京板橋で育ったちあきなおみさんは、10代から米軍キャンプやキャバレーでドサ回りをし続けながら、明日を夢見て歌手になる為に修行をしていました。
昭和47年に『喝采』で日本レコード大賞を受賞しています。
「星影の小径」「夜間飛行」「黄昏のビギン」も名曲ですよね~。
1969年のデビュー以来、その歌唱力と存在感で多くの人に強烈な印象を与えてきた歌手。
それが、ちあきなおみさんです。
ちあきなおみの今現在
すでに記事冒頭で紹介しましたが、ちあきなおみさんの現在なんですが、2019年の今年の4月、ベストアルバム「微吟」が発表されました。
こういったことだけでも現在も相変わらずの人気の高さがわかります。
活動休止から27年も経っているにもかかわらずです。
余談になりますが、微吟の中に入っている「朝日のあたる家(朝日楼)」もいいですよ~。
さて、今もなお『喝采』という名曲が人々の心に残っているちあきなおみさんですが、気になるのは現在どうされているのかということです。
何をしているんでしょうね~。
管理人を始め、そう思っている方が多数いると思います。
近況を是非とも知りたいですよね。
特にファンならなおさらです。
お元気ということがわかればそれでいいという方も中にはいらっしゃると思います。
夫が亡くなった後はお墓の近くにマンションを購入されたとのことです。
2年ほど前の報道では世捨て人みたいな生活を送っているような情報もありました。
今現在も夫の月命日には墓参りを欠かさないようです。
また、春と秋のお彼岸やお盆にも必ずお墓参りをされているそうです。
ファンの方からのそんな情報もあるようです。
現在に関してもう一つ気になることがあります。
生活費です。
芸能界での歌手活動をストップしていますから、歌うことでお金が入ってくることはもちろんありません。
今の収入のメインは歌唱印税のようです。
毎年のように復刻版なども出ましたからね。
気になるのはその金額なんですが、音楽関係者によると、単純に推測して年収にすると1500万円くらいの印税がちあきなおみさんに支払われているようです。
復帰待望論などに関してどういう心境なんでしょうね。
もちろん、それはご本人にしかわからないことです。
ファンとしては、ただ再び歌声を聞きたいってことだけです。
そういえば、来年2018年はデビュー50周年だそうです。
今年2017年中になんらかの復帰に関する情報が出てくるかもしれませんね。
ところで、現在は歌手活動から退かれていますが、今年2017年にはちあきなおみさんに関するニュースがありました。
作曲家の船村徹さんが今年残念ながら亡くなられました。
その作品を集めたアルバム『ちあきなおみ 船村徹をうたう』がリリースされたんです。
ちあきなおみさんの生年月日は1947年9月17日。
現在の年齢は71歳です。
五木ひろしさんや森進一さんが同い年にあたります。
愛する夫、郷鍈治さんとの悲しい別れによって、『黄昏のビギン』を最後に舞台から姿を消した。
その後、一切世間に姿を出さなくなり、伝説の歌姫となってしまいました。
夫の郷鍈治さんについては後ほど詳しくご紹介します。
今なおファンの間では復活というか復帰が望まれていますが、おそらく年齢やこれまでの状況を考えると復活は難しいという可能性も考えられますね。
この件については後ほど。
ちあきなおみの復帰はいつ?
引退ではないですけど、活動休止して休業中もベスト盤CDなどが発売されました。
そういったことがあるたびに復帰待望論が出てきました。
それで、音楽業界の関係者が復帰を説得しようとするわけですが、それにも耳を傾けないということが週刊誌などで報道されていました。
歌手芸能活動の休止がいつまで続くのかは、ちあきなおみさんのみが知るところとしか今のところは言えないですね。
最愛の夫が残した言葉、「もう無理して歌わなくていいよ」という言葉がいつまでも心に残って離れないでいるのかも知れません。
ちあきなおみさんは夫を想い、今も静かに孤独にひっそりと残りの余生を過ごしているのかも知れません。
実に25年間、今なお『喪に服している』と言われているようです。
今現在のところでもお話しましたが、ちあきなおみさんはお墓近くのマンションに引っ越しました。
そして、まるで「世捨て人」のように世間に背を向けた生活をしていたようで、月命日には黒い服に身を包んで墓前で1時間近く夫の墓に手を合わせる日々を送っているとの事でした。
郷鍈治さんをずっと思い続けていているのでしょうね。
しかし、ちあきなおみさんの芸能活動休業中にも、ベスト盤CDなどが発売されました。
そのたびに「ちあきなおみ復帰待望論」が巻き起こったようですが、ちあきなおみさんはそんな期待にも応えてこなかったようです。
こう考えると復活はおろかテレビに出ることももう永久に無いのかもしれません。
しかし、来年はデビュー50周年の節目の年です。
もしかしたらのもしかしたらで新曲も期待されています。
ちあきなおみの夫と子供
ちあきなおみさんは1978年に郷鍈治さんと結婚しました。
夫となった郷鍈治さんは、ちあきなおみさんより10歳年上で、実兄は俳優の宍戸錠さんです。
宍戸錠さんの弟さんなんです。
お二人は郷鍈治さんの生前から、生活や仕事もマイペースでとても仲が良かったようです。
ちあきなおみさんの歌唱力に魅せられていたようです。
そのためか、結婚後は俳優を引退して、個人事務所の社長及びマネージャーとして献身的にちあきなおみさんを支え続けていたようです。
しかし、そんな一生懸命にちあきなおみさんを支えていたにも関わらず1992年、夫の郷鍈治さんは55歳の若さで亡くなってしまいます。
亡くなられた原因というか理由は肺がんでした。
結婚生活は14年。
そして、夫を失うことに・・・。
非常に残念だったことに尽きると思います。
そしてこのことで、ちあきなおみという歌手人生の運命が大きく変わっていきます。
夫が入っている棺にしがみついたまま号泣したそうで、「私も一緒に焼いて」と叫んだそうです。
その様子は現場にいないと解らないかと思いますが心をつかまされるような気分になりますね。
ちあきなおみさんと夫はとても仲良く過ごしていたようですが、二人の間には子供さんはいらっしゃらなかったようです。
もし子供がいれば、また違った人生を過ごしていたかも知れませんね。
年齢的にはもうご高齢で子供もいないようなので、もし何かあった場合が心配ですね。
ちあきなおみの引退理由や原因
夫の郷鍈治さんとの悲しい別れの後の1992年から一切の活動を休止しています。
これが事実上の引退とも言える原因や理由ではないかと思います。
特に引退宣言はせずに、引退同様の状態となったようです。
芸能界の中では一旦活動を休止したものの復活し復帰する方は多くいらっしゃいますが、ちあきなおみさんは沈黙を保ったままでいます。
深い沈黙を破る日は来るのでしょうか?
前述したとおり「ちあきなおみ」さんは来年2018年はデビュー50周年の節目の年なので、新曲を聞いてみたいですね。
今年2017年にもびっくりするような報道があるかもしれません。
ちあきなおみさんの今後の情報に期待したいですね。
ちあきなおみのプロフィールや経歴
ここで簡単にプロフィールや経歴についてご紹介します。
ちあきなおみさんは、昭和22年9月17日に生まれました。
現在71歳。
出身地は東京都板橋区。
「ちあきなおみ」は5歳時に有楽町の日劇で初舞台を踏みました。
その時の芸名は「白鳥みえ」でした。
10代の頃の「ちあきなおみ」は、「五城ミエ」「南条美恵子」と名前を変え、ポップス歌手として活動してしました。
歌手デビューは1969年、21歳の時でした。
「雨に濡れた慕情」です。
デビュー時のキャッチコピーは『魅惑のハスキー・ボイン』だそうです。
なかなか今はこういう風なキャッチコピーは付けないですよね。(^_^.)
「ちあき」という芸名の由来は、この名前をつける際に相談したフジテレビの千秋与四夫(せんしゅうよしお)さんにあります。
そして「なおみ」は坂本竜馬の子孫である坂本直道(さかもとなおみち)さんからそれぞれ取ったものらしいです。
また、女優のみならず金鳥の「タンスにゴン」のCMでお茶の間の話題になりました。
自動車教習所編と商店街編 など色々ありますが、結構笑えます。
というか、そんなところもちあきなおみさんの魅力的な部分ですよね。
ちあきなおみの生い立ちや学歴
生い立ちや学歴を知りたいという方も結構いるようです。
なので、ここで簡単にまとめておきたいと思います。
3姉妹の末っ子なんです。
母親は芸事が好きな方で、その影響を受け4歳タップダンスを習い始めたようです。
父親はかつては歌手を目指したこともある芸能好きだったようです。
父親に関しては娘であるちあきなおみさんにとっていろいろと問題があったようです。
5歳の時の有楽町の日劇での初舞台に関してはすでに説明したので省略しますね。
小2の時に神奈川県藤沢市辻堂へ引っ越します。
学歴は以下のようになります。
出身小学校:藤沢市立辻堂小学校
出身中学校:藤沢市立湘洋中学校 → 大田区立大森第三中学校(中2の時に転校) → 新宿区立大久保中学校(中3の時に転校)
新宿区立大久保中学校は現在の新宿区立新宿中学校です。
出身高校については情報がありません。
その後、米軍キャンプ、ジャズ喫茶やキャバレーで歌ったり、演歌歌手としての修行をしたり、
すでに説明したように、下積み時代である10代は芸名を変えながら全国を回っていました。
いわゆるドサ回りです。
橋幸夫さんやこまどり姉妹などの前座歌手も務めたという経歴もあります。
そんなわけで、家族にとっては大黒柱のような存在になっていたそうです。
こういったことからすると、中学卒業後は高校には進学せずに働いておられたのかもしれません。
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