高田敏江の夫と子供は?今現在と昔の若い頃も調べてみた!

昔の若い頃ひと
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高田敏江(たかだとしえ)さんの名前をテレビ番組表で見つけてしまいました!

女優や司会者として有名ですね。

「金八先生」では鶴見辰吾さんと親子役を演じていたのを覚えている方も多いでしょうね。

NHKの「まれ」にも出演されていましたね。

なつかしいですね~。久しぶりって感じです。

というわけで、今回は高田敏江さんのや子供さんはどうしているのかとか、今現在のこと、朗読劇(会)、健康法、さらには昔の若い頃についてもまとめてみました。

後述しますが、今でも大変お元気に活動されています。ある健康法がその理由です。

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高田敏江の夫と子供

心理学

高田敏江さんの夫は、相場均(あいばひとし)さん。

心理学者でした。専門は臨床心理学と精神病理学。

元早稲田大学教授、元コロンビア大学教授、医学博士(慶応義塾大学)という経歴をお持ちです。

出身大学は、早稲田大学文学部心理学科。

学歴もすごい方です。

実は、1976年に満51歳で亡くなられています。急性心不全でした。

著書や論文がたくさんあるので、知っている人もいるかもしれませんね。

いろいろ調べてみたら、相場均さんはカトリックの信者だったようです。

こんな優秀な方が高田敏江さんの夫です。

子供さんがいます。息子さんです。

やはりカトリック信者らしいですけど、それ以外の情報はほとんどないです。

一般の方なんでしょうね。

ちなみに、高田敏江さんも同じくカロリック信者だそうで、親子全員です。

ここで、プロフィールを紹介しておきます。

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プロフィール

プロフィール

芸名:高田敏江(たかだとしえ)

本名:芸名と同じ?

生年月日:1935年3月3日 現在の年齡は81歳

出身地:群馬県前橋市

身長:156cm

体重:49kg

血液型:AB型

出身中学:群馬大学教育学部附属中学校

出身高校:群馬県立前橋女子高等学校

出身大学:日本社会事業大学(中退)

所属事務所:アニマ・エージェンジー

1954年に東映ニューフェイスの第1期生になりました。

そして、映画「二挺拳銃の竜」でデビューします。

デビュー当時の芸名は「高原紀子」

この後に劇団民芸に入団。しかし、1971年には劇団民芸を退団します。

日活作品で名脇役として活躍されていました。

「ケンちゃんシリーズ」では、母親役として6年間レギュラー出演されたり、「アフタヌーンショウ」の司会としても有名でした。

芸歴を見てみると、映画、テレビ、舞台、CMなどで幅広く活動し、また活躍されてきました。

映画やテレビドラマなどの作品名はいちいちここでは紹介しません。

あまりにも多すぎるからです。(笑)

詳しく知りたい方は、wikiにわかりやすくまとめてあるので、そちらを参考にすることをおすすめします。

1954年から活動されているので、芸歴は60年以上にもなります。

今現在に関しては後述しますが、81歳になった今も現役として活躍されているように衰え知らずってとこでしょうか?

聖母の騎士(2008年8月号、「この子たちの夏」と共に歩んで)という著作もあります。

同じ所属事務所には、なんか懐かしい感じの斉藤とも子さんもいらっしゃいます。
https://common-topics.com/saitou-tomoko/

今現在について

映画

高田敏江さんは、今現在も現役で活躍中です。

女優以外にも司会をされたりしていたことを上で書きましたが、さらに朗読劇や朗読会もされています。

ちなみに、「アフタヌーンショウ」の司会を一緒にされていたのは、桂小金治(かつらこきんじ)さん。

桂小金治さんは2年ほど前に亡くなられています。

リアルタイムで「アフタヌーンショウ」を見ていた方には、すごくなつかしいと思います。

ところで、すでに80歳を超えた年齡なのになんて活動的なんだと思いませんか?

ファンにとっては嬉しいことですけどね。

この元気さがどこから来ているのか気になる人も多いのではないかと思います。

ある健康法を実践されているからだそうなんです。

記事冒頭で、高田さんの名前を発見した番組は「爆報!THEフライデー」なんですけど、そこで若さの秘訣の健康法が紹介されます。

管理人はこの番組見ます。楽しみです。

「嫌な女」という映画が今年2016年6月に公開されます。女優の黒木瞳さんが監督として初デビューされる作品です。

吉田羊さんと木村文乃さんのW主演の映画です。

この映画に高田敏江さんが脇役として出演されます。

実力派の大女優であり、往年の女優でもある高田さんが出演されるってことで注目されています。

NHKの連続テレビ小説「まれ」にも出演されていましたし、当然といってもいいかもしれません。

今現在はこんな感じです。

昔の若い頃は?

昔の若い頃

高田敏江さんの昔、若い頃についてまとめておきます。

1954年に東映ニューフェイスの第1期生となり、映画でデビューします。

1950~60年代にかけては、日活の映画でも脇役の女優として活躍されました。

1958年には、ドラマ『私は貝になりたい』での敏子役、1979年にはドラマ「3年B組金八先生」で、鶴見辰吾さんが演じる宮沢保の母親役を演じたことが有名です。

その他にも、「ケンちゃんシリーズ」「ピュア・ラブ」出演もよく知られていますね。

若い頃から81歳の今現在も活躍されているベテランであり、大女優でもある高田敏江さん。

まだまだ大変お元気なので、今後もどんどん活躍されていくと思います。

健康法関連でいえば、30歳くらいから数年前までスキーをされていたという情報がありました。

これも元気の秘訣の1つだったのではないかと思います。

足腰って体力の基本ですからね。

昔の若い頃から下半身が鍛えられているから元気なんだと思います。現在もされているかはわかりませんが。

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