雲田康夫(豆腐バカ)の経歴とプロフィール!出身大学と高校は?英語力もリサーチ!

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こんにちは。

今回紹介する方は雲田康夫(くもだやすお)さん。

アメリカで「Mr. Tofu」と呼ばれるくらい豆腐との関わりがすごい人です。

著書に「豆腐バカ」という本もあるくらいですから。

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豆腐に関する本ってレシピ本なども含めてたくさんあるんですが、実は豆腐の歌もあるんですよ。

名古屋在住のユニットであるKAME&L.N.K(カメ・アンド・リンク)の「I LOVE TOFU」って曲です。

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このトーフソングを知った雲田康夫さんは、これはまさしく自分のための歌!なんてことを言ったようです。

この曲を自分の講演会の登場ソングに起用し、また自分がDJをしているアメリカのラジオ番組でもオンエアするなんて情報もありました。

実際、これはすでに実現しているかもしれないです。

また、肥満が深刻な問題になっていたアメリカで、雲田康夫さんの会社作っている作る 日本の「しらたき」が大ブームになったなんていうこともありました。

豆腐だけでなく、しらたきの方でもたいへんな活躍をされたようです。

実はしらたきに関しては兄の遺志を継いだものです。

しらたきといえば、ゼンパスタのことを思い出します。

ブームになりましたからね。

今でもそうかも?

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ところで、実は管理人も異常な豆腐好き。

ほぼ毎日1丁ほど食べています。

半丁の時もありますが。

それくらい豆腐好きなんです。

管理人の食べ方を紹介したいですが、これはいずれ別記事で書こうと思っています。

雲田康夫さんは「豆腐バカ」なんですが、単に食べるのが好きって方ではありません。

アメリカで豆腐を普及させることに成功された日本人営業マンでした。

後ほど詳しく説明しますが、それまではアメリカでは豆腐は嫌いな食べ物のトップを突っ走っていたんです。

でも、雲田康夫さんの尽力でついにアメリカに普及することになります。

これって簡単なことではなく、かなりの期間がかかっています。

ご本人が言うには、桃栗3年、柿8年。豆腐は10年かかるってことらしいです。

そして、経験を後世に伝えていくのが自分の使命とも言われています。

雲田康夫さんと豆腐に関することに興味を持つ人は多いと思うのですが、残念ながらwikiはありません。

そういう理由で、本記事では豆腐バカという本まで出版されておる雲田康夫さんの経歴とプロフィール、出身大学と高校などの学歴、そして英語力もリサーチしてみました。
その他に、アメリカに豆腐を広め普及させた経緯やヒラリー・クリントン夫人やオバマ大統領婦人との関係なども解説していきます。

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雲田康夫は豆腐バカ!?

雲田康夫さんはトーフを食べるのが異常に好きな豆腐バカというわけではなくて、すでに説明したように「豆腐バカ」という本を出版されている方です。

管理人が気になったのは、雲田康夫さんご自身は豆腐を食べるのが好きなのかということです。

仕事では毎日毎日豆腐と付き合ってきたわけですが、実際の食生活と申しますか、食習慣、嗜好ではどうなのか?

子供の頃、母親が作る味噌汁に入っていたことで豆腐が大好きなったようです。

そういったことで、大学卒業後に当時から豆腐も製造・販売していた森永乳業に就職されたわけです。

後ほど解説しますが、大学は法学部に在籍しておられました。

豆腐とは全く関係ない学部で学んでおられました。

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経歴について

元アメリカの森永乳業社長で、現在はフレックフード(Frec Food)社の会長兼CEOみたいです。

経歴についてですが、すべてを一々記載してもかえってわかりにくくなるので、略歴風にできるだけ簡潔にまとめていきます。

大学を卒業後に森永乳業株式会社に入社。

1966年のことでした。

1985年に単身でアメリカへ。

そして、Morinaga Nutritional Foods, Inc.(MNF社)という会社を設立して社長に就任。

この会社は森永の現地法人で、初代社長を務められました。

その後、アメリカでの豆腐市場の形成に力を尽くし、豆腐を普及させたことで「Mr. Tofu(ミスタートーフ)」と呼ばれるようになりました。

退職されたのは2005年です。

退職後は、2006年にシラタキを販売するSuper Frec U.S.A., Inc.の会長に就任されています。

その他に、中京大学国際英語学部客員教授、日本食文化振興協会理事長(NPO法人)などを務められてきたご経歴も。

受賞歴には、2008年に第3回日本食海外普及功労者表彰事業農林水産大臣賞を受賞されています。

これまでの経歴からわかるように、日本食の海外普及に力を尽くしてこられました。

こういった実績からの受賞です。

受賞関係には「旭日双光章」叙勲もあります。

その他にもさらに、カリフォルニア下院議員表彰やトーランス市長賞を受賞されています。

また、2015年には在ロサンゼルス総領事より総領事表彰も。

今もされているのかはわかりませんが、講演会の情報もありました。

気になる方はチェックしてみてくださいね。

プロフィール

ここでプロフィールを紹介します。

名前:雲田康夫(くもだやすお)

生年月日:1941年5月23日 現在の年齢は77歳

出身地:樺太生まれで育ちは北海道

生まれは樺太で、当時は第二次世界大戦中。

5歳の時に北海道に引き揚げてこられました。

出身大学と高校

出身大学は青山学院大学法学部です。

出身高校は北海道の足寄(あしょろ)高校です。

この学校は道立の公立高校です。

出身者には歌手の松山千春さんや衆議院議員の鈴木宗男さんなどがおられます。

学歴に関してはまだあります。

1971年にデンマークのIPC大学に留学されています。

経歴とも関係しますが、1973年には森永乳業に復職され、新製品開発部に配属されます。

そこでは、ビヒダス牛乳の開発に携わっていました。

その後は国際部に異動。

そして、長期保存の豆腐プロジェクトに参加することになります。

そういった中、アメリカへ行くことになるんです。

英語力は?

アメリカへ行くように辞令が出た当時、雲田康夫さんは英語を全く話せなかったそうです。

これは驚くべきことですけどね。

ま~、大学入試には英語の試験もあっただろうし、読み書きの方の英語力はあったのではないかと思います。

すべての英語能力がゼロであれば、単身で渡米して現地法人なんか作れないと思います。

こういった英語に関して雲田康夫さんはこういったことを言ってます。

アメリカへ行ってもらう駐在員を英語の能力で選ぶ企業が多いが、英語が堪能でもビジネスができなければ、どうしようもないと。

そんな事業はいずれ失敗することが目に見えるとも言っておられます。

英語の能力なんかよりも、仕事に悩んで自ら命を絶ったりしない人、柔軟に対応できる人、情熱を持ちつつ仕事にチャレンジできる人が重要だとも。

要するにすごい英語は特に必要ないと言われています。

流暢な英語なんか。

ボディランゲージでも情熱が伝わればいいとのことです。

さすが、アメリカで実際にご苦労されて学ばれた有益な考え方だと思います。

ビジネス論と言ったほうがいいかもしれませんね。

妻と子供

結婚

結婚されたのは27歳の時。

子供さんは2人いらっしゃいます。

妻と子供さんに関する情報は特にありませんでした。

こういったことと、一般の方でしょうからコレ以上の詮索はやめて結婚関係はこれで終わりにしておきますね。

アメリカで豆腐を広めるように会社から辞令を受けたのは1985年のことでした。

当時43歳。

妻と子供を日本に残しての単身赴任でした。

こういった大変なこともあったのにアメリカでは豆腐の普及にさらにすごく苦労されています。

最終的にはうまくいったのでよかったのですが。

アメリカに豆腐市場を求めた原因や理由

大学卒業後に森永乳業に就職されたわけですが、1970年代初頭にスーパーマーケットが台頭しはじめました。

そういったことで、主婦の買い物の仕方が大きく変化したわけです。

それまでは宅配によって価格が保持されていた牛乳ですが、が、スーパーの特売などで売りさばかれるようになったんです。

そうなってくると、宅配牛乳を買う人がいなくなってしまいます。

そこで、会社としては牛乳の配達網を活かして、他の商品も販売することを検討します。

それで決まったのが、参入障壁が低く、しかも商品市場が大きい豆腐でした。

そうしたことで、森永乳業は数年かけて豆腐を開発し、東京に大規模な豆腐製造設備をつくります。

しかし運が悪いことには、1979年に中小企業を保護する法案の成立によって、豆腐販売には全国豆腐商業共同組合の許可が必要になってしまいました。

もちろん、全国豆腐商業共同組合は大企業の豆腐販売参入を許可しません。

そういった原因や理由で、アメリカ市場の開拓が決定されました。

このことで1985年の現地法人設立のために雲田康夫さんはアメリカに行くことになったのです。

当時40歳の年齢でした。

その後は、豆腐をアメリカで普及させるために車のナンバーを「TOFU」にしたり、豆腐の着ぐるみでロサンゼルスマラソンに参加。

その他にも豆腐の食べ方を実演し販売もしたりとか・・・。

そんな中、スーパーの実演販売中に豆腐の味噌汁を試食した女性が舌を火傷したことで訴えられ、賠償金を支払ったなんてことも。

それで、スーパーでの実演販売は禁止。

ちなみに、賠償金は会社が支払いました。

ここでは書きつくせないほどの大変なご苦労をされています。

詳細をもっと知らたい方は記事冒頭で紹介した「豆腐バカ」という本を読むのが一番いいと思います。

ヒラリー・クリントン夫人との関係

すでに説明しましたが、渡米して現地法人を設立。豆腐の販売を開始しました。3年から5年で自立しろというのが会社側の方針でしたが、なかなかうまくいかない。一番苦しかったのは、1988年にUSA Todayの記事で「アメリカ人の嫌いな食べ物」としてトーフが一番になったことです。

アメリカ人の一番嫌いな食べ物「Tofu」

大統領夫人が「Tofu」と言った!

雲田康夫さんによると、アメリカで豆腐が普及しはじめたのは、アメリカ人が豆腐シェイクを考案したことから広まったということです。

そのきっかけが当時のアメリカ大統領夫人であったヒラリークリントンさんがラジオ放送で夫のビルクリントンさんに豆腐を食べさせたいと話したことだったそうです。

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アメリカでの豆腐の広まりには超ビッグな方が関係していたんです。

そういうことで、ヒラリークリントンさんはアメリカでの豆腐普及の功労者の一人ともいえそうですね。

まさか、ヒラリークリントンさんと豆腐に関係があったとは!(笑)

しらたきとオバマ大統領夫人ミシェルオバマ

実は、アメリカ大統領夫人関係はヒラリークリントンさんだけではないんです。

オバマ大統領夫人のミシェルオバマさんとの接点もあります。

ただし、豆腐ではなくしらたきの方です。

雲田康夫さんがしらたきの会社の現会長であることはお話しました。

アメリカでのしらたきブームを巻き起こしたのも雲田康夫さんです。

オバマ大統領夫人だったミシェルオバマさんが子供さんの肥満について心配しているのを知ってしらたきを送ったそうなんです。

それでミシェルオバマさんから、しらたきが気に入ったとの連絡があったというわけです。

記事冒頭で説明しましたが、しらたきの方は兄の遺志を継いだものです。

そして、ブームに。

アメリカで豆腐としらたきという2つのブームを巻き起こした雲田康夫さん。

現在77歳ですが、さらにもう一つアメリカでブームを巻き起こすなんてこともあるかもしれませんね。

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